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00
日本古代史と考古学事例(古墳・縄文遺跡) — 概要
岩宿の旧石器から縄文・弥生・古墳時代、飛鳥・奈良・平安の古代国家まで、日本列島の主要遺跡と研究事例を見渡す入門ガイド
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01
三内丸山遺跡 — 縄文前期〜中期の巨大集落
青森市の大規模定住集落、六本柱の大型掘立柱建物、クリ林の管理栽培、膨大な土器・土偶、縄文観を変えた1992年からの調査
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02
縄文土器の編年 — 草創期から晩期までの六期区分
山内清男の型式編年、撚糸文・押型文から亀ヶ岡式まで、地域型式と併行関係、世界最古級の土器年代論
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03
大森貝塚 — モースと日本考古学の出発点
1877年エドワード・モースによる発掘、日本初の学術的発掘調査、貝塚研究の嚆矢、『Shell Mounds of Omori』
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04
加曽利貝塚 — 日本最大級の環状貝塚
千葉市の北貝塚・南貝塚、馬蹄形貝塚の二重連結、貝層断面の観察施設、特別史跡、縄文中期〜晩期の生業復元
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05
亀ヶ岡遺跡と遮光器土偶 — 晩期縄文の精華
つがる市の低湿地遺跡、精緻な亀ヶ岡式土器、遮光器土偶、漆製品、江戸時代から知られた出土地
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06
土偶 — 縄文の祈りの造形
ハート形土偶、合掌土偶、縄文のビーナス、仮面の女神、意図的破壊と再生観念、国宝土偶5体
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07
大平山元遺跡 — 世界最古級の土器
青森県外ヶ浜町、約1万6千年前の無文土器片、AMS年代測定と較正、旧石器から縄文への移行期、2021年世界遺産構成資産
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08
岩宿遺跡 — 日本旧石器文化の発見
1946年相沢忠洋による関東ローム層中の石器発見、1949年の学術調査、縄文以前の人類活動の証明、日本旧石器研究の原点
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09
旧石器捏造事件 — 前期旧石器発掘捏造の教訓
2000年発覚、藤村新一による石器埋め込み、上高森遺跡など多数の遺跡が無効化、検証発掘と学界の再発防止策
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10
鳥浜貝塚 — 低湿地が残した縄文の生活財
福井県三方湖畔、丸木舟・櫂・漆製品・編物の出土、植物遺存体による食性復元、縄文のタイムカプセル
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11
是川遺跡 — 縄文漆工の到達点
八戸市の中居・一王寺・堀田遺跡群、晩期の漆塗り籃胎漆器と飾り弓、赤色漆の技術、合掌土偶(風張1遺跡)との関連
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12
上野原遺跡 — 南九州の縄文早期定住
鹿児島県霧島市、約9500年前の竪穴住居群と連穴土坑、貝殻文円筒形土器、桜島噴火による埋没と保存
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13
縄文カレンダーと生業論 — 四季の資源利用
堅果類採集と水場遺構、サケ・マス論、貝塚の季節性分析、落とし穴猟、クリ・ウルシの管理、定住と貯蔵の考古学
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14
環状列石 — 大湯・御所野の縄文祭祀空間
秋田県大湯の万座・野中堂、日時計状組石、岩手県御所野の配石遺構、墓域と祭祀の複合、縄文後期の記念物
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15
火焔型土器 — 信濃川流域の造形爆発
新潟県笹山遺跡の国宝土器群、鶏頭冠突起と渦巻文、縄文中期の馬高式、地域様式の象徴性、岡本太郎による再発見
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16
黒曜石と翡翠の交易 — 縄文の広域ネットワーク
和田峠・神津島産黒曜石の産地分析、糸魚川産翡翠の大珠、数百kmに及ぶ流通、蛍光X線分析による原産地同定
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17
北海道・北東北の縄文遺跡群 — 世界遺産登録
2021年登録の17遺跡、大船・垣ノ島・キウス周堤墓群、入江高砂貝塚、1万年の定住の変遷を示す顕著な普遍的価値
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18
弥生開始年代論争 — AMS測定がもたらした衝撃
国立歴史民俗博物館の前10世紀開始説、炭化米・付着炭化物の測定、較正曲線の問題、通説との数百年のずれ
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19
菜畑・板付遺跡 — 水田稲作の伝来
唐津市菜畑の縄文晩期水田、福岡市板付の環壕集落と灌漑水田、大陸系磨製石器、稲作の玄界灘ルート
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登呂遺跡 — 弥生水田集落の戦後発掘
静岡市の後期弥生集落、1947年からの学際的発掘、水田跡と高床倉庫、戦後考古学と静岡の市民参加、登呂博物館
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21
吉野ヶ里遺跡 — 大規模環壕集落と弥生の戦い
佐賀県の二重環壕と物見櫓、甕棺墓列と有柄銅剣・ガラス管玉、首のない人骨、クニの中心集落像、国営公園化
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22
池上曽根遺跡 — 弥生の大型神殿建築
大阪府和泉市の環壕集落、超大型掘立柱建物と巨大井戸、柱材の年輪年代(前52年)、弥生中期の実年代論
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23
妻木晩田遺跡 — 山陰の弥生高地集落
鳥取県大山山麓の国内最大級弥生集落、四隅突出型墳丘墓、洞ノ原地区の墳丘墓群、保存運動と史跡公園化
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24
銅鐸 — 加茂岩倉遺跡の大量埋納
1996年雲南市で39個一括出土、入れ子状態の埋納、聞く銅鐸から見る銅鐸へ、絵画銅鐸の農耕儀礼、埋納の意味論争
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25
荒神谷遺跡 — 358本の銅剣が語る出雲
1984年出雲市斐川で銅剣358本、翌年銅鐸6・銅矛16、×印の刻印、出雲の青銅器文化圏、古代出雲王権論
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26
高地性集落と倭国乱 — 戦乱の考古学
瀬戸内・近畿の山頂集落、環壕と武器形石器、魏志倭人伝の倭国乱との対応論、防御・烽火・祭祀の機能論争
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27
志賀島金印 — 漢委奴国王の証
1784年志賀島出土の金印、後漢光武帝の建武中元2年(57年)下賜記事、蛇鈕と印文の解釈、真贋論争と福岡市博物館
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28
魏志倭人伝と邪馬台国論争 — 畿内説と九州説
三国志魏書東夷伝倭人条、行程記事の解釈、卑弥呼の朝貢と親魏倭王、纒向遺跡の発見による論争の新展開
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29
卑弥呼 — 鬼道の女王と倭国の統合
共立された女王、鬼道による統治、魏への遣使と銅鏡百枚、男弟の補佐、台与への継承、箸墓被葬者説
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纒向遺跡 — 初期ヤマト王権の都宮
桜井市の3世紀大集落、大型建物群の発見、搬入土器が示す広域交流、前方後円墳発祥地、都市的性格の論争
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31
箸墓古墳 — 最古級の巨大前方後円墳
全長約280m、3世紀中頃の築造年代論、倭迹迹日百襲姫命の陵墓治定、卑弥呼の墓説、周濠出土の布留0式土器
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三角縁神獣鏡論争 — 魏鏡か国産鏡か
椿井大塚山古墳・黒塚古墳の大量出土、舶載説と国産説、景初三年銘鏡、配布による同盟論、鉛同位体分析
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前方後円墳体制 — 墳形と政治秩序
定型化した墳丘と葬送祭祀の共有、墳丘規模の階層性、地方首長への波及、都出比呂志の前方後円墳体制論
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34
大仙陵古墳 — 伝仁徳天皇陵の巨大墳
全長約486mの国内最大墳、百舌鳥古墳群の中核、宮内庁治定と学術調査の制約、2018年の堤共同調査、被葬者論争
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百舌鳥・古市古墳群 — 世界遺産となった王陵群
堺・羽曳野・藤井寺の49基、誉田御廟山古墳、巨大墳の集中と倭の五王の時代、2019年世界遺産登録
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埴輪 — 円筒から形象への展開
特殊器台起源説、家形・器財・動物・人物埴輪、埴輪群像の葬送儀礼復元、今城塚古墳の埴輪祭祀場
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造山古墳と吉備 — 地方の巨大権力
岡山市の全長約350m、全国4位で立ち入り可能な最大墳、吉備の首長権力、楯築墳丘墓からの系譜、ヤマトとの関係論
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38
稲荷山古墳鉄剣銘 — ワカタケル大王の実証
埼玉古墳群の礫槨出土鉄剣、1978年X線で115文字発見、辛亥年(471年説)、ヲワケの臣の系譜、杖刀人首、雄略天皇との対応
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江田船山古墳 — 銀象嵌大刀と地方豪族
熊本県和水町の前方後円墳、治天下獲□□□鹵大王銘の大刀、ムリテの奉事、金銅製冠帽・沓、稲荷山鉄剣との対応
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40
騎馬民族征服王朝説論争 — 馬具と渡来文化
江上波夫の1948年提唱、古墳中期の馬具・甲冑の変化、批判と実証的検討、渡来系文物の受容過程の研究へ
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41
石舞台古墳 — 蘇我馬子の墓か
明日香村の巨石横穴式石室、墳丘封土の喪失、総重量2300トン超の石材、蘇我馬子の桃原墓説、方墳の復元
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42
高松塚古墳壁画 — 飛鳥美人の発見
1972年発見の極彩色壁画、男女群像・四神・星宿、唐・高句麗文化の影響、カビ被害と石室解体修理、被葬者論争
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43
キトラ古墳 — 本格的天文図と四神
明日香村の終末期古墳、現存世界最古級の本格天文図、朱雀を含む四神完備、獣頭人身十二支像、壁画の取り外し保存
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44
藤ノ木古墳 — 未盗掘石棺と金銅製馬具
斑鳩町の6世紀後半円墳、1985年発掘、家形石棺内の二体合葬、金銅製透彫鞍金具、被葬者論争(穴穂部皇子説など)
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45
今城塚古墳 — 発掘できる大王墓
高槻市の6世紀前半前方後円墳、真の継体天皇陵説、埴輪祭祀区の群像200体超、石棺三種の破片、市民に開かれた史跡公園
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46
黒井峯遺跡 — 榛名山噴火が封じた古墳時代のムラ
群馬県渋川市、6世紀の軽石層下の集落全面保存、住居・畑・垣根・小道の生活面、日本のポンペイ、火山災害考古学
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47
横穴式石室と群集墳 — 古墳築造の裾野拡大
竪穴系から横穴式への変化、追葬と家族墓、新沢千塚・岩橋千塚などの群集墳、家父長制と民衆層の台頭論
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48
装飾古墳 — 王塚・竹原の彩色世界
福岡県王塚古墳の全面彩色、竹原古墳の船と龍、幾何学文と同心円文、九州の分布集中、デジタル公開と保存
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49
西都原古墳群 — 南九州の大古墳群
宮崎県西都市の300基超、男狭穂塚・女狭穂塚、日本初の本格的学術調査(1912年)、特別史跡と考古博物館
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沖ノ島 — 海の正倉院と国家祭祀
宗像大社沖津宮、4〜9世紀の岩上・岩陰祭祀遺跡、金製指輪・唐三彩など約8万点の国宝、女人禁制、2017年世界遺産
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51
出雲大社境内遺跡 — 巨大本殿の柱の発見
2000年出土の三本束ね宇豆柱、鎌倉期の巨大神殿の実証、古代高層本殿48m説への示唆、金輪御造営差図
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52
仏教伝来と飛鳥寺 — 最初の本格的伽藍
538年(552年)伝来論争、蘇我氏の発願、588年百済工人による造営、一塔三金堂の伽藍配置、飛鳥大仏(鞍作止利)
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53
法隆寺 — 世界最古の木造建築と再建論争
西院伽藍の金堂・五重塔、若草伽藍跡の発見と再建説の決着、年輪年代法による部材年代、玉虫厨子、1993年世界遺産
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54
四天王寺 — 聖徳太子建立の官寺型伽藍
難波の四天王寺式伽藍配置、593年創建伝承、物部合戦の誓願伝承、四箇院の福祉伝承、伽藍の再建と発掘
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55
飛鳥京と酒船石遺跡 — 謎の石造物と苑池
伝飛鳥板蓋宮跡の重層遺構、酒船石と亀形石造物、飛鳥京跡苑池、斉明朝の土木事業、両槻宮論
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56
山田寺 — 倒壊回廊が語る白鳳伽藍
蘇我倉山田石川麻呂の発願、1982年発掘の倒壊したまま埋没した東回廊、連子窓の実物、興福寺仏頭(旧本尊)との数奇な来歴
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57
難波宮 — 大化改新後の新都
大阪市の前期難波宮(孝徳朝)と後期難波宮(聖武朝)、山根徳太郎の執念の発掘、朝堂院の規模、複都制
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58
大化改新と乙巳の変 — 645年の政変
中大兄皇子と中臣鎌足による蘇我入鹿暗殺、改新の詔の信憑性論争、郡評論争と木簡による決着、公地公民制
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59
白村江の戦いと朝鮮式山城 — 敗戦後の防衛網
663年の唐・新羅連合軍への敗北、水城と大野城・基肄城の築造、亡命百済人の技術、鬼ノ城など神籠石系山城
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60
壬申の乱 — 古代最大の内乱
672年大海人皇子と大友皇子の皇位継承戦争、美濃・尾張の動員、飛鳥浄御原宮と天武朝の中央集権化、日本書紀の描写
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61
藤原京 — 最初の条坊制都城
694年遷都、大和三山に囲まれた都、条坊制の採用、藤原宮跡の発掘と大極殿院、新益京、大宝律令制定の舞台
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62
平城京 — 奈良の都の発掘研究
710年遷都、東西約4.3km南北約4.8kmの条坊、朱雀門・大極殿の復原、長屋王邸宅跡、東市西市、羅城門、世界遺産
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63
恭仁京・紫香楽宮 — 聖武天皇の彷徨五年
740年藤原広嗣の乱を機とする遷都、恭仁京の造営中止、紫香楽宮での大仏造立発願、甲賀寺跡、宮町遺跡の発掘成果
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64
木簡研究 — 長屋王家木簡と行政の実像
平城宮跡出土の削屑を含む数十万点、長屋王家木簡3万5千点、荷札木簡と税の実態、郡評木簡、赤外線による判読
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65
正倉院宝物 — 校倉に伝わった天平の文物
東大寺正倉院の約9000点、聖武天皇遺愛品の献納、螺鈿紫檀五絃琵琶、シルクロード将来品、正倉院文書と戸籍
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66
東大寺大仏造立 — 国家的大事業の実像
聖武天皇の大仏造立の詔(743年)、盧舎那仏と華厳思想、行基の勧進、金メッキと水銀、752年開眼供養、度重なる焼損と再建
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67
国分寺・国分尼寺 — 全国仏教網の建設
741年建立の詔、金光明四天王護国之寺、七重塔、各国国分寺跡の発掘、武蔵国分寺跡など、律令国家の仏教政策
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68
律令制と戸籍・計帳 — 支配の文書システム
大宝律令・養老律令、班田収授法、庚午年籍・庚寅年籍、正倉院に残る御野国戸籍、租庸調と偽籍の進行
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69
風土記 — 古代の地誌編纂
713年の官命、出雲国風土記のほぼ完本、常陸・播磨・豊後・肥前の五風土記、地名起源説話、国引き神話
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70
記紀の史料批判 — 古事記・日本書紀をどう読むか
帝紀・旧辞の先行資料、津田左右吉の文献批判、神話と史実の峻別、紀年論と干支二運繰り上げ、大王系譜の検討
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71
万葉集と歴史学 — 歌が伝える古代社会
約4500首の歌集、防人歌と東歌、大伴家持、宮廷歌人と行幸、木簡の歌木簡、万葉仮名と国語学
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72
渡来人と技術伝播 — 須恵器・機織・文筆
秦氏・東漢氏の伝承、陶邑窯跡群と須恵器生産の開始、韓鍛冶・錦織、王仁と文筆、飛鳥の渡来系氏族
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73
須恵器と土師器 — 古墳〜平安の土器編年
須恵器の窯業技術と登窯、陶邑編年、土師器の煮炊き具、TK43・TK217など型式名、集落遺跡の年代決定
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74
多賀城 — 陸奥の城柵と東北経営
724年大野東人の創建、多賀城碑、政庁の変遷、鎮守府と国府の複合、出土漆紙文書、蝦夷政策の拠点
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75
蝦夷と征夷 — アテルイと坂上田村麻呂
三十八年戦争、789年巣伏の戦いでの大敗、胆沢城・志波城の造営、802年アテルイの降伏と処刑、東北の城柵網
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76
続縄文とオホーツク文化 — 北の異系文化
農耕を採らない北海道の続縄文文化、恵山式・後北式土器、オホーツク文化の海獣狩猟とクマ祭祀、モヨロ貝塚、擦文文化へ
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77
南島の貝塚文化 — 琉球弧の先史
沖縄の貝塚時代、九州縄文文化との交流、ゴホウラ・イモガイの貝輪交易、グスク時代への転換、港川人骨
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78
平安京遷都 — 千年の都の始まり
784年長岡京を経て794年遷都、四神相応の地、条坊と大内裏、羅城門と東寺・西寺、発掘が明かす右京の衰退
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79
遣隋使・遣唐使 — 東アジア外交と文化輸入
小野妹子の国書、犬上御田鍬から894年の停止建議まで、留学生・学問僧、井真成墓誌の発見、正倉院の唐物
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80
長岡京 — 幻の都の発掘
784年桓武天皇の遷都、藤原種継暗殺と早良親王の怨霊、中山修一による発掘研究、わずか10年での再遷都
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81
国府と郡衙 — 地方官衙の考古学
国庁の政庁形式、正倉院(倉庫群)の検出、郡衙の実像、下野国府・武蔵国府の発掘、駅家と伝路
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82
古代官道 — 七道駅路の直線道路
東山道・山陽道など七道、幅12mに及ぶ直線道路の発掘、駅制と駅鈴、木下良の駅路研究、条里制との関係
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83
富本銭と和同開珎 — 日本の銭貨の始まり
飛鳥池遺跡出土の富本銭(683年頃)、708年和同開珎と蓄銭叙位令、皇朝十二銭、銭貨流通の実態論争
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84
鴻臚館と大宰府 — 対外交流の窓口
筑紫の迎賓施設鴻臚館の発掘(福岡城内)、越州窯青磁と貿易陶磁、大宰府政庁跡と条坊、水城・大野城との防衛複合
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85
延喜式 — 律令運用の百科全書
927年撰進の施行細則50巻、神名帳と式内社、諸国の調庸品目、造酒・造紙の技術規定、古代史復元の基本史料
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86
平将門・藤原純友の乱 — 承平天慶の乱
935年からの東国の反乱と新皇僭称、瀬戸内の海賊勢力、押領使・追捕使の登用、武士の台頭の画期、将門伝説
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87
前九年・後三年合戦 — 奥州の争乱と清原・安倍氏
源頼義と安倍氏の戦い、厨川柵の陥落、清原氏の内紛と源義家、奥州藤原氏成立の前史、絵巻と軍記の史料性
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88
年輪年代法 — 日本考古学の暦年標準
奈良文化財研究所のヒノキ・スギ標準パターン、法隆寺五重塔心柱594年伐採、池上曽根の柱材、弥生年代論への波及
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89
テフラ編年 — 火山灰が結ぶ遺跡の年代
姶良Tn火山灰(約3万年前)、鬼界アカホヤ火山灰(約7300年前)と縄文早期集落の断絶、広域示準層による編年
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90
骨考古学 — 縄文人・弥生人の形質と暮らし
低顔の縄文人と高顔の渡来系弥生人、抜歯風習、叉状研歯、ストレスマーカー、食性の安定同位体分析
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91
古代DNAと日本人の起源 — 二重構造から三重構造へ
埴原和郎の二重構造モデル、縄文人ゲノムの解読、渡来系集団の混血、古墳時代の三重構造説、核ゲノム時代の集団史
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92
理化学分析と産地同定 — 黒曜石・青銅・ガラス
蛍光X線による黒曜石産地推定、鉛同位体比による青銅器原料論、ガラス小玉の化学組成と交易路、胎土分析
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93
動物考古学 — 貝塚が語る食と環境
貝類の季節性成長線分析、イノシシ・シカの狩猟圧、イヌの埋葬、家畜化の問題、漁撈具と魚骨組成
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94
花粉分析と古環境復元 — 植生史から見る遺跡
花粉ダイアグラム、照葉樹林と落葉広葉樹林の変遷、稲作開始のプラント・オパール分析、気候変動と集落動態
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95
埋蔵文化財行政 — 発掘調査制度のしくみ
文化財保護法と周知の埋蔵文化財包蔵地、開発に伴う記録保存調査、行政発掘の体制、報告書の刊行と全国遺跡報告総覧
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96
遺跡保存運動 — 平城宮跡から伊場遺跡へ
1960年代の平城宮跡保存運動、月の輪古墳の市民発掘、伊場遺跡訴訟と史跡指定解除、開発と保存の相克
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97
遺跡公園と博物館 — 見せる考古学
吉野ヶ里歴史公園・三内丸山の整備、国立歴史民俗博物館、竪穴住居の復元問題、体験学習と公開活用
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日本考古学史 — 濱田耕作から戦後考古学へ
モース・坪井正五郎の草創期、濱田耕作『通論考古学』、山内清男の編年学、戦後の登呂発掘と考古学協会、森本六爾と弥生研究
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99
日本古代史と考古学事例(古墳・縄文遺跡) — 退避・古典資料archive
旧版教材、歴史的論文、廃止手法のアーカイブなど、現行分類から退避した資料の保管区分